【過去在籍クラブ】 |
年度
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所属クラブ
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1980-84
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スポルティボ・ルケーニョ
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1984-85
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グアラニ
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1985-89
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サン・ロレンソ(アルゼンチン)
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1989-92
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レアル・サラゴサ(スペイン)
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1992-00
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ベレス・サルスフィエルド(アルゼンチン)
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2000-02
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ストラスブール(フランス)
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【紹介文等】
パラグアイの国民的英雄であり「パラグアイの大統領に」との声も。
堅実なセービングと大胆な飛び出し、圧倒的な存在感は味方に安心感をもたらす。キャプテンシーも絶大であり、ピッチ上では絶対的な存在である。
また、キーパーとしては異色のフリーキッカーでありPKキッカーであった。フリーキックを蹴った後に逃げるように戻る姿は印象的であり、また、PKながらもキーパーながらにしてハットトリックを達成した人物でもある。
2度のワールドカップでのベスト16、特に1998年フランスワールドカップにおいては優勝国フランスを最も苦しめたのはチラベルトであり、その堅固さを112分間も破ることが出来なかった。
彼の輝かしいキャリアの中でも最も輝かしいのはべレス所属時においてミランを破り、世界一のクラブに仕立て上げたことではないだろうか。
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