【過去在籍クラブ】 |
年度
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所属クラブ
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1974-84
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バイエルン・ミュンヘン
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1984-87
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インテル(イタリア)
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1987-89
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セルベッテ(スイス)
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【紹介文等】
ベッケンバウアーの時代のエースストライカーであるゲルト・ミュラーの後継者としてバイエルン・ミュンヘン、西ドイツ代表を支えた80年代最強のエースストライカーであり、弟のミハエルはかつて浦和レッズにてもプレーをしていた(この時、兄と間違えた人も多いのではないでしょうか?)。
スピード、パワー、テクニック、決定力、どれをとっても世界有数の能力を備えたストライカーであり、身体能力重視の一昔前であっても頂点を見ることが出来たであろう程の身体的なポテンシャルを備えていた。
所属のバイエルン・ミュンヘンにおいては75/76シーズンにおいてゲルト・ミュラー、ベッケンバウアー等と共にチームを世界一に導き、自身は3度の得点王に輝く。代表においては1980年には自身キャリアの頂点にて欧州選手権優勝に貢献し3度のワールドカップ出場計9得点、82,86年大会において準優勝止まりという不運に苛まれ優勝を経験することは出来なかったものの、キャリア終盤の86年大会における彼の姿は見ごたえがあった。
たとえ試合に負けていようとも、どんなに困難な状況にあろうとも、試合を最後まで諦めないという彼の「ゲルマン魂」を目の当たりにした。
周囲の期待は薄い老兵ながらも短い時間でしっかりと結果を出す彼の姿に本当のゲルマン魂の恐ろしさを感じた。
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