【過去在籍クラブ】 |
年度
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所属クラブ
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1964-75
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マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)
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1975
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ストクポート・カウンティ(イングランド)
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1975
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コーク・セルティック(スコットランド)
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1976
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ロサンゼルス・アズテックス(米国)
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1976-79
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フルハム(イングランド)
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1979-80
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ハイバーニアン
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【紹介文等】
真のサッカー界のスターであり、旧来のスタイルから」脱皮した異端児でもあった。当時のサッカー選手の常識からは考えられない長髪にひげ、「5人目のビートルズ」と称されるそのルックス、ひとたび彼がピッチにたてばそこはあたかも彼のステージのようで、天才ならではの独創的な発想(逆立ちボレーシュート、ユニフォームをマントに見立てた闘牛士ポーズ等)にて観客を沸かせた。
実際のプレーに関しても最高峰のプレイヤーであり、そのドリブルの切れの良さは止める術がなく、即興的な判断によるプレーはサッカーをアートの域にまで高めるものであった。
そんな彼は自分がスーパースターだということを認識していた。スーパースターである彼はそれに相応しいスーパースターの対応を望んだ。私生活では美女とシャンパンを愛し、フィルムスター同様の遊び呆ける姿もあった。これが後のサッカー選手に対する憧れになったことも確かだが、その反面彼というスーパースターの選手生命を着実に削っていったのも事実である。
マンチェスター・ユナイテッドの天才ドリブラーはその不摂生により、30手前にしてピークを越え、そのまま復帰することなくサッカー選手生命が潰えることとなる。
私はベストのようなサッカー選手生活に関し批判の念は無い。が、当時のサッカーファンはその早すぎる堕落に心を痛めただろう。
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