【過去在籍クラブ】 |
年度
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所属クラブ
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1991-93
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ジェノア
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1993-96
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ミラン
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1996-99
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レアル・マドリード(スペイン)
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1999
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インテル
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2000-01
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チェルシー(イングランド)
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2001
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モナコ(フランス)
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2001-
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ローマ
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【紹介文等】
素晴らしいディフェンステクニックとサイドバックとしての的確な攻撃参加能力を備えた選手であり、サッカー選手としてのセンスのよさは世界屈指である。また、キャリアを重ねるにつれサイドバックのほかにセンターバックとしての才能も開花し、ユーティリティー性高い、万能ディフェンダーとして更なる成長を遂げている。
名将カペッロから強い信頼を受け続ける選手であり、ミランにおいてはマルディーニ、コスタクルタ等と共に強固なディフェンスラインを形成し、スクデット、チャンピオンズ・リーグ優勝を経験する。「オランダトリオ」が去るミランの過渡期におけるミランを右サイドから支えた功労者である。
カペッロがレアル・マドリードへと引き抜かれると共に彼もレアル・マドリードへと移籍する。カペッロが抜けた後もレアル・マドリードにおいて強い存在感を示し、ミランにおいて成し遂げることの出来なかったトヨタカップ制覇もここで成し遂げ、若くして多くの栄光を浴びることとなる。
しかし、性格的な難もありその後移籍を転々としては監督との衝突の日々を過ごす。確固たる実力を備えながらも代表では使ってもらえないという事態もあった。しかし、そんな彼を復活させたのも、カペッロであった。
カペッロ率いるローマへと移籍すると再び彼は水を得た魚のように生き生きとピッチで活躍を見せるようになり、2002年ワールドカップにおいてもアズーリのユニフォームを着た彼を見ることが出来た。
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